5月の別れ

井上陽水は、自分の中では作家の安倍公房とイメージが重なる部分がある。その感じはなんとも形容しづらいが、あえて意味不明な説明を試みれば、圧倒的な芸術的才能と、知性とユーモアが両立しているところ、とでもいおうか。

この「5月の別れ」という歌は、自分が井上陽水の歌では一番好きなものである。

この歌は、鋭利な言語感覚で刻み出された歌詞と、感情を締め上げるような精妙な描線をたどるメロディが不可分一体となった、ほとんど神品めく凄まじいできばえの作品である。

自分が特に好きな部分を切り出すと、

①星の降る暗がりで レタスの芽がめばえて
②果てしなく星たちが 訳もなく流れ去り
③愛された思い出に 夢をひとつだけ あなたに残してくれる

の三か所である。

①:歌謡曲の歌詞に「レタス」という言葉が出るのは、空前で、おそらく絶後だろう。きれいな花の名前ではありきたりで、キャベツではふざけ過ぎで、やはり「レタス」が至当である。なお「芽が芽生える」という表現は、散文では一般的に禁じ手になるが、「部屋のドアは 金属のメタルで」(リバーサイドホテル)ぐらいの表現をするのは朝飯前の彼から見れば、たとえそれが指摘されたところで、取るに足らない揚げ足取りだと、一顧だにしないだろう。

②「訳もなく流れ去り」という表現にしびれる。なんだか説明がつかないが、とにかくしびれる。哀しさ、おかしさ、さびしさ、すべてがないませになった情景が、この言葉によって、一気に聞く側の心の中に広がる。

③一般的に歌謡曲は、「愛される」という受動よりも、「愛する」という能動の方をモチーフにするが、そういうコモンセンスを意識してかせずか知らないが、あえて「愛された思い出」という言葉を持ってくるところに尋常ではない高いセンスを感じる。

なお、タイトルの「5月の別れ」だが、こういった情趣に満ちた曲の場合、普通は「五月の別れ」とすべきところを、あえて素っ気なく5を持ってくるところも、なんとも良い。(youtubeのタイトルは誤り)

井上陽水、長生きしてほしい歌手の一人である。