言葉にできない

 自分は横浜の片田舎で育ったが、最寄駅の商店街に「小田薬局」という薬屋兼化粧品店があり、ここがオフコース小田和正の実家であるということは地元では有名な話だった。だからなんだと思われてしまいそうだが、要はこの人には同郷という抜きがたい親しみを持っているということである。

神奈川県には、鎌倉の栄光学園、横浜の聖光学院という全国的にも名の知られた中高一貫の私立男子校がある。両校は地元では「エーコーとセーコー」と並び称されているが、小田和正は後者の出身で、東北大学建築学科を出ている理系の学歴エリートでもある。だからというわけでもないが、この人を見ると東大の農学部を出ているSF作家の星新一を連想してしまう。

この二人は容貌の雰囲気もとてもよく似ている(と思う)。あふれるような才能を知性と感性で研ぎ澄まし、読者や聴者の心を細く深く突き刺すような作品を作り続けるところも、とてもよく似ている(と思う)。

小田和正にはその学歴が象徴しているような、知的な男くささがある上に、少年のきかん気にも似た芯の強さと、美しさと力強さを兼ね備えている稀有な歌声とが相まって、その骨柄からは男の自分にもジワジワ伝わってくるような天賦のフェロモンがにじみ出ている。この人は往年は女性に相当もてたに違いない。とくに知性的な女性に・・というのは余計なお世話ではある。

オフコース、および小田和正の代表曲はみな素晴らしく完成度が高いと思うが、「これから一生涯ただ一曲しか聴いてはいけない」と強いられたら、自分この曲を選ぶ。この歌は、悲しさ、苦み、切なさ、喜びを順々に並べて、すべて「言葉にできない」という共通項でまとめている。そして、もっとも有名なのはCMにもなった最後の「喜び」の部分である。

あなたに会えて本当によかった
うれしくて、うれしくて
言葉にできない

ここでは必ずしも恋人や伴侶を思い浮かべる必要はない。友人でも、子供でも、親でも、先生でも、先輩でも後輩でも、誰でもいい、とにかく自分の人生に大きな喜びを与えてくれた人を思い浮かべることが許されている。

そして、この誰を思い浮かべてもしっくりくるというところが、ホレタハレタばかりがテーマだった当時の日本の芸能ソングとしては、画期的だった。そういう意味でも素晴らしい歌だと思う。それにしても、「言葉にできない」というのも言葉なんだな。そう考えると、言葉で表現できないことなんてないんじゃないかな、なんて思う。