機会があり、徳川美術館にいく。
ここにはかつての藩主たちのためにあつらえた具足の展示がいくつかあるが、その兜の多くには小さな窪みがある。
そばの解説板によると、これは防御能力を検証する鉄砲による試し撃ちの跡だという。現代でいうと、自動車の衝突検査に似ていると言えるだろうが、自動車の場合、検査して破損した現物を売りに出すことはない。
つまり、現代では検査用の製品と販売用のそれは別物である。一方、具足は基本的に「一点もの」だから、検査をクリアした現品がそのまま納品される。つまり実態としては、「キズ物になって初めて完成品になる」というパラドックスの中に存在しているのだ。
そうみると、本来、兜の防御力の合格証に過ぎないこの小さな窪みが、その完成において欠くことができない一種の美的な構成要素のように見えてくる。
完成品をわざと破損させて補修したり、調和を微妙に崩したり、タイミングをワンテンポ遅らせたりすることで、鑑賞者の美的快感を喚起する手法は、さまざまな芸術表現に見られる。
具足はあくまで身を守るための実用品(工芸品の要素も多分にあるが)であり、その窪みも検査の過程でやむなく付けられた痕跡に過ぎない。しかし結果として、そこに「傷の美学」や「崩れの美観」に通じる趣が現れていることは面白いと思う。
ひょっとしたら、それぞれが一点ものである人間も、キズ物になって初めて本物に近づくのかもしれない。ただし傷の程度がひどすぎて、それで全体が壊れてしまっては元も子もないが。




