頭と手

ビートたけしの対談集を読んでいたら「医者というのは『頭』と『手』の両方の器用さが求められる希な職業だ」といっている箇所があった。

「頭」とは医学知識をインプットして臨床にアウトプットする頭脳のことをいい、「手」とは手術をするときにメスさばきや縫合針さばきを言うと大雑把に考えて良いとおもう。たしかに、これがトップレベルで両立するのはすごいことだ。なにせ、頭は良くても手は不器用な人は大勢いるし、頭が悪くても手先だけはやたら器用な人も大勢いるのだから。

しかし、実は、こういった能力の両立が求められるケースは「希」というわけではないような気がする。たとえば、原作から作画まで一気にこなす漫画家などがその代表例であろう。

なお、頭と手が完全に分業しているケースも確かにある。かつての浮世絵版画のように、下絵師(頭)と彫師・刷師(手)と仕事が完全に分かれていた場合だが、思うに、こういう完全に分業システムが出来上がっているケースの方がかえって稀なような気がする。

作曲家と演奏家の関係は、前者が「頭」を担当し、後者が「手」を担っているようだが、演奏家にも芸術的センスは不可欠だし、演奏家として卓越していることが作曲家であることの基礎部分を構成していたショパンのような例もある。この傾向は、歌謡曲ではより顕著で、自身が歌が下手くそな作曲家など、まずありえないような気がする。

じっさいのところ、「頭と手」は、概念としては分離できるが実際のところ不可分であるという意味で「精神と肉体」に近い対立軸なのかもしれない。つまり、人々はひとまず精神と肉体というものを分けて考えるが、ただそれは概念整理上便利なだけの理由であって、実際は精神の影響は肉体に深く及び、肉体の影響は精神を左右しているように、頭と手も、互いに深甚な影響を及ぼしあっているという意味で不可分の関係にあると言い切っても良いように思える。