なみだ恋

 さすがに今はそれほどでもないが、自分は子どものころ八代亜紀が大好きだった。なぜ好きだったのかうまく説明できないが(もっとも好きというのは常にうまく説明できないものではあるが)、ひとことで言えばこの人に「大人の女性」の象徴を見ていたのだろう。

銀座のホステスが同じ髪型や化粧をし、トラック野郎は運転中みなカセットで曲を聴いているというふうに一世を風靡したのち、緻密な具象画の描き手という「意外な素顔」を見せたりしながら、今ではCMで人のいいお母さん(実際には子どもはいないが)役を演じるに至っているこの人は、自分の中では芸能人中の芸能人、ザ・芸能人である。

この「なみだ恋」は八代亜紀の初めてのヒット曲で、実質的なデビュー曲と言っていい。「舟歌」「雨の慕情」「愛の終着駅」といった絢爛たる大ヒット曲たちと比較すると、地味でシンプルな楽曲ではあるが、自分はこの歌が一番好きだ。

なぜ好きなのかはやっぱりうまく説明できないが、あえて言えば、五七調の調べと「逢えば切ない 別れがつらい」の名文句だろうか・・いや、そんなわかりやすい理由ではなく、もっと分析不可能な深いところに訳があるような気がする。結局は、好きなものは好きなんだとしかいいようがない。