日本とグローバル戦争

 織田信長は国内統一のあと大陸侵略をもくろんでいたという説がある。かれが謀反に倒れたあと、跡を継いだ秀吉は実行に移し、「唐天竺までおよぶ」大帝国を打ち立てようとして失敗し、後に残ったのは朝鮮や明国と日本の間の深い禍根だけだった。

徳川幕府鎖国政策は、長かった戦国時代がやっと終わり「もういくさはコリゴリだ」という民意を汲んだものだったとも観ることができる。今も昔もグローバリズムと戦争は表裏一体のものだから、時の幕府は鎖国というローカリズムに徹することによって、国内平和の実現と保持を目指したのかもしれない。

日本が再び大陸侵攻を目指すのは、豊臣秀吉の失敗から300年後である。その思想的スローガンは「八紘一宇」、経済的縄張りが「大東亜共栄圏」であるが、案の定、これも高転びに転び、同じく禍根だけが残った。

豊臣秀吉朝鮮出兵と、大東亜共栄圏の蹉跌という二つの歴史的事実から「日本のグローバル政策は、最後は失敗する」という仮説がいちおう成り立つ。少なくとも、一度も成功したことがないのだから、「三度目は成功する」という仮説より、「次も失敗する」というそれの方がより説得的だろう。

日本の現政権は、歴史上三度目の「グローバルと戦争」の大海に漕ぎ出そうとしている。前の二回は曲がりなりにも「世界に冠たる大帝国を打ち立てる」的な雄々しい野望があったが、今回は極めてスケールが小さく、情けない大人の事情からの「出陣」である。

今回はなんせ宗主国様の戦争の、弾薬やミサイル(これは「武器」はないそうだ)の運搬人や後かたづけ係や補給要員としての出陣である。もっとも戦争においてロジスティックスは極めて重要だからそんなに卑下することもないのだが、重要なだけに最前線並み、あるいはそれ以上に危険である。

このままだと、いずれ日本は「情けなくしかも危険」、リアクション芸人がよく「地味に痛い」と嘆く極めて割に合わない役回りで戦争におずおずと加わることになる。こういう国辱的な選択をする政治家やそれを支持する人間は、逆立ちしたって愛国者とは呼べない。

「中国の南東シナ海の海洋進出や軍事力増強」への対応は、「日米安全保障条約の発動」で十分だろう。

そもそも中国がここまで軍事力を持つに至ったのは経済的に発展したからで、その背景には長年中国の安価な労働力を買いつけて「工場」扱いし、その国民が豊かになるにしたがって今度は「市場」としてモノを売りつけてきた外国の経済行動があったからだ。

つまり日本は中国の国力(≒軍事力)を育成する一翼を担ってきたくせに、育ったら育ったでバケモノ扱いなんて、国家戦略が無さすぎではないか。

日本はすでに朝鮮戦争ベトナム戦争湾岸戦争イラク戦争においてアメリカ軍の出撃基地や兵站拠点として機能し、米軍の世界戦争を強力に支援してきたのだから、すでに実質的には「集団的自衛権」を行使している状態だと言える。

それなのに、屋上屋を重ねるように「安保法制を整備」することには、「中国への軍事的な対抗」とは違う場所に真の理由があるからである。それをひとことで言うと「アメリカの介添え」である。

これは必ずしも「アメリカの国力がたそがれている」という意味ではない。たそがれてるのは残念ながら我が国の方であって、アメリカという国の政治・経済・軍事のダイナミズムは健在だ。

アメリカは今、世界中に戦線を広げすぎてニッチもサッチもいかなくなっている。国内の厭戦気分も、戦死者や戦場でPTSDになった帰還兵の惨状で高まりつつある

戯画的に言えば、アメリカという長時間のモグラたたきに疲弊して腕が悲鳴をあげている青年に、日本という老い先短い老人が付き添って世話を焼こうとしてるのが今回の「安保法制の整備」だ。(中国はアメリカにとっていくつかある「モグラ」の一つにすぎない)

アメリカは日本の「安全保障」のために、中国モグラが攻め込んでこないようにニラミをきかせてくれる。しかし、その代わりに、ほかのモグラを叩くのを手伝ってほしいと無言の(あるいは有言の)圧力をかけている。

今日本は自国の「安全保障」のためにやおら重い腰をあげてアメリカのモグラ叩きを手伝おうとしているのだが、かの国のモグラ叩きを手伝うことは、モグラ全員を敵に回すことまでは頭が回らない。これは信じがたいことだが、本当に頭が回っていないのだ。

ひょっとすると、「日本にとって、モグラ全員を敵に回すことよりも、アメリカ様のご機嫌を損ねる方がよほど危険である」と比較考量しているのかもしれない。だったら少しはマシだが、どっちにしろ誤りだ。日本にとって在日米軍は「人質」でもあるからだ。

日米は文字通りの「持ちつ持たれつ」の関係にあり、お互いが相手に臍を曲げられるのを心底で恐れている関係下にある。アメリカは日本のバックアップがあるから戦争をし続けることができるし、日本はアメリカが周辺諸国にニラミをきかせてくれるから安心して商売(経済活動)に専心できる。

これは「双務契約」の関係であってオンブにダッコの片務関係ではない。「アメリカ様に見放されたらボクたちはおしまいだ・・」と蒙昧な臆病風に吹かれているから、あたら自衛隊員の若い命を散らしてでも弾薬を燃料やお食事をお運び申しあげなくてはならない、とオッチョコチョイな早合点をするのだ。

「日本のとるべき道は二つしかない。自主独立か、対米従属かだ」という自称プラグマティストたちが好む論立ては、極端で間違っている。日本にはそのいずれでもない「同盟国であるアメリカの足もとを研究し尽くして、是々非々でつきあう」という第三の道があり、これが真の国益だ。

日本が「戦略的互恵関係」を結ぶべき相手は中国ではない。アメリカである。