「トランプ大統領」は何をもたらすか

 在日米軍は、冷戦中は共産主義への対抗武力として、冷戦終結後は、中東派兵を主とするアメリカの世界戦略の拠点として存在していたのであって、「日本の用心棒」だったわけではない。

このことは世界史的な常識であるが、多くのアメリカ国民は、アメリカ軍が日本に駐留しているのは日本を守るためだと思い込んでおり、その不見識をトランプ氏は利用しているともいえる。

アメリカはすでに、共産主義への対抗心も、世界戦略への意欲もすっかり失っているのだから、日本から出ていくのは自然な流れなのである。

アメリカ様に護っていただかなくては、心細くて仕方がない」なんて考えている勢力が「保守」を名乗っていること自体がヘンだ。「親米保守」という言葉は形容矛盾である。保守本道が原理とすべきは「親米」とはまるで逆の「攘夷」であるはずだ。

今の自称保守は、戦前の日本を何かと美化するわりには、その国是の基幹にあったの倜儻不羈の精神の前はまるで素通りしてる。その理由は、彼らは真の意味の保守(日本の精神文化の継承者)ではなく、単なる反左翼、プラグマティストを気取った自然主義者、融通無碍を標榜する単なる無思想者に過ぎないからだ。

もし「トランプ大統領」の在日米軍撤退が実現したら、「辛抱強い日本はじつに70年かけて占領軍を国土から駆逐した」ことになり、これは国家にとって慶賀すべきこと以外の何ものでもない。

日本はあまりに占領慣れしてしまったので、占領されている以外の国のありようが上手にイメージできないのである。「普通の国」とは本来、宗主国アメリカ)様に兵隊を出せと言われたら世界の果てまで派兵する国ではなく、そもそも宗主国など持たない国のはずだ。

在日米軍が去ったら日本の防衛予算は20兆円必要で国家財政は破綻する」式の議論つきあってはならない。北朝鮮でもあるまいし、防衛力は経済力とのバランスの下に構成すべきもので、それを上回る戦力で攻め込まれたら滅びるより方途がない。世界史上、どこの国でもそうやってきたのだ。

イアン・ブレマー氏などは、さすがにアメリカ人はそこまでバカじゃないと「トランプ大統領」が実現する可能性を低く見ていているが、自分はかつてイラク戦争に熱狂したアメリカの民度をかなり低く見積もっているし、

そもそもアメリカの複雑怪奇な大統領選挙制度は(どういう歴史的経緯をたどってこんなへんてこな制度ができたのかには興味があるが)「最後は良識が支配する」ようなよくできたものではなく、「悪貨は良貨を駆逐する」プロセスだとも観じている。

もう一つのトレンドとしては、アメリカ国民は、「賢人」風情をまとって登場したオバマ氏が、期待した成果をほとんど挙げられなかったことに幻滅しており、やはりある程度の「悪童」でなくてはモノの役には立たないというある種古典的な思考に、いま立ち返っている。

長期的に見て人品卑しい「トランプ大統領」が偉大な指導者になる目はほとんどないが、政局というものは、いつの時代でも、どこの国でも瞬間風速で動き、趨勢が決定する。

なお、トランプ氏の米軍撤退論を、おそらく日本とは比較にならない深刻さで受けとめているのは韓国である。自分は、アメリカは日本からは撤退すべきだと思っているが、韓国からは撤退すべきではないと思っている。

そもそも朝鮮半島が現在のように北と南で分裂しているのは、かつて朝鮮半島を「併合」していた日本が敗戦後撤退した空白地帯に、アメリカとソ連・中国がなだれ込んで分捕り合戦を始めたことがことの発端だからだ。

現在、北朝鮮は軍事的にほぼ孤立化しており、これで韓国も孤立化するようになったら、互いへの不信感が昂じた朝鮮半島がどうなるか。これを考えたら、今米軍が韓国から撤退するのは、歴史的経緯からみてとんでもない無責任なのである。

しかし、大多数の民度が低いアメリカ国民はそんなことは知らないし、知っていたとしても「知ったことではない」と思っている。イスラム教の排撃にせよ、移民への制限にせよ、保護貿易主義にせよ、トランプ氏は敢えて民度が低いアメリカ人に「刺さる」主張を戦略的に選び、叫んでいる。

トランプ氏自身がこれらに対して本音ではどう思っているのかは別にして、このあたりのビジネスで培ったさすがのマーケティング的嗅覚を軽く見るべきではないと思う。

国論を二分した集団的自衛権がらみの問題の急所は、じつは護憲とか改憲とか法律の解釈論とかではなく、「これから日本はアメリカとどう付き合っていくべきか」という国家ビジョンのありようにある。「トランプ大統領」の出現は、まさにここが急所であったことを、全ての日本人の前に露呈することになるだろう。