蜘蛛の巣

妻子の要望により、バルコニーに巣食った蜘蛛を殺虫剤と丸めた新聞紙で退治する。

4階のバルコニーに巣を張ったところで獲物がちゃんとかかるのか素人目には訝しく思えるところだが、巣を観察すると中身を吸いとられた虫の抜け殻が点在しており、ちゃんと巣として機能していたことがわかる。野生の本能とはすごいものだ。

一方、本能が壊れた人間は、野生のカンが働かない代わりに、データを集め、脳漿を搾って出店計画を練るわけだが、ちっとも獲物がかからずスゴスゴと撤退するケースがあとたたない。

村上春樹の小説の中に、主人公に対して、実業家の叔父がこんなことを語るシーンがある。「自分が店を出すときには、まずはその候補地を1週間以上見張り続ける。そして、どんな人たちが往来しているかをじっくり観察し、商売が成立する立地であるかを判断する」と。

これは一見マーケティングリサーチとしては原始的なようだが、実は確かで鋭敏な観察眼や分析センスが必要な、誰にでもできる手法ではない。

ひょっとすると蜘蛛たちも、巣を張るにあたって野生のカンにばかり頼っているだけではなくて、鋭敏な観察と分析による入念な下調べを行っているのかもしれない。

店を出す、ではなくて巣を張るのは大変な労力を要する作業だろうから、そのぐらいの慎重さがあってむべなるかな、という気もする。