「歴史的使命」を終えた安倍政権

 今にして思えば、オバマのレガシーのために従軍慰安婦問題をたった10億円で強引に手打ちにしたのが現在の日韓関係のこじれの諸元であった。

従軍慰安婦問題はその事実関係がどうなのか以前に、朝鮮半島のかつての日本統治への怨嗟の象徴なのだから、よほど注意深く扱わなければならない外交問題なのだが、

そんな歴史的経緯などまるで無知なバラク・オバマと、その無知をいいことに調子よく乗っかった安倍晋三と、どういう弱みや力学があったの、韓国内の世論を読み間違えて軽率な政治判断を下した朴槿恵のせいで、今、取り返しがつかない状況に至っている。

従軍慰安婦問題という「臭いもの」が、日本と韓国両方の「宗主国」であるアメリカから強引に「ふた」をされたあと、その暗闇の中で恐ろしい勢いで黴菌が細胞分裂を繰り返しながら増殖ている間に、その代わりに表舞台の影にいた「徴用工問題」が前面に押し出されるようになった。

朝鮮人の「戦時徴用」工への賠償問題は、その雇用主体であった企業がからむ経済問題でもあるから、日本はその報復措置として、韓国の生命線ともいえる半導体産業を支える原材料の輸出規制をかけてきた。(日本政府は、この輸出規制を、韓国側に輸出品の不正横流し疑惑があることを表向きの理由にしているが、貿易的利益から、これまで目をつぶってきたことを、今さら騒ぎ立てる不自然さから、これが「徴用工問題」への報復の理由づけに過ぎないことは明らかである)

安倍政権は、「従軍慰安婦」と「拉致」と「北方領土」の三つの問題を政権の外交上のレガシーにしようと目論んでいたが、いずれも、稚拙で強引な交渉によって、同政権が首を突っ込む前よりはるかに悪い状況に陥り、破綻しようとしている。

この状況において起死回生の「一発逆転」があるとすれば、トランプによる介入とその成功だが、バンカーから転げ落ちてまで執心した接待ゴルフの甲斐もなく、その頼みの綱のトランプから日米安保条約の反古までチラつかされている始末である。

トランプが安倍のメンツのために一肌脱ぐ望みはない。中東の大国であるイランとの核合意を足蹴にするトランプが、「家来」である落日の国日本と70年前に結んだ日米安保条約を放り出すことなど造作も無い。

今トランプは過去の経済的合意・軍事的合意・環境的合意などの国際合意をことごとく平然と踏みにじっていく世界に吹き荒れる暴風雨になっているが、実は、彼の幼稚な保護主義アメリカ一国主義)は、実害と同じくらいの実利もある。

今、世界中で巻き起こっている紛争やテロリズムのもとを辿れば、たいていは、アメリカがその世界覇権への欲望と軍産複合体経済的利益のために争いの種を撒いてきた「成果」であることが判る。

トランプの目が向いてるのは、世界覇権ではなくアメリカ一国の存立であり、エリートが挙って集まった「軍産複合体」ではなく岩盤支持層である「工場労働者」である。トランプは、アメリカの「暗黒史」の大統領とは、よくも悪くも行動原理が断絶している。

トランプ的なローカリズム、「一国繁栄主義」「保護貿易主義」は、かつてのアメリカ大統領が「グローバリズム」の美名のもとに推し進めてきた強引な覇権主義に比べると「平和的」な側面がある。

かつてのアメリカと、今のアメリカを多角的に見比べて、どちらが「マシか」は、実は容易に判別がつかない問いである。トランプの個人的資質を別にしても、かつてのアメリカの中東への介入は石油利権の確保が大きな動機になっていたが、シェールガス革命によってその動機が薄れていることも背景にある。

かつてアメリカは「世界の警察官」と目され、それを自認してもきたが、実はアメリカは正義感溢れる「警察官」であると同時に、狡猾な「泥棒」でもあり、排他的で残虐な「殺人犯」でもあったのである。

俗に「バカとハサミは使いよう」という言葉があるが、上述したように、トランプにも「使いよう」がある。おそらく、同じように、我が国の「安倍晋三」にも「使いよう」がある。

安倍晋三の「使いよう」は、「日本はアメリカの属国である」という恥ずべき「事実」を白日の下に晒し、日本国民のみならず世界中に発信し、全世界の共通認識にしたことだろう。たしかに日本の未来は、この事実を見つめることから始めなくてはならない。安倍晋三はその役目を果たしたのである。

図らずも安倍晋三は、その政治行動をもとに、日本国民に、70年間先延ばししてきたアメリカの「従僕たりつづけるか、否か」の決断を迫っている。本人には微塵もその自覚がないだろうが、結果的にそうなっている。

日本人は、戦後70年間見て見ぬふりをしてきた現実に、安倍晋三の国際舞台でのおぞましい振る舞いの「おかげ」で、その現実に覚醒し、真剣に向き合わざるを得なくなっている。

ここからは、安倍晋三という矮小な一個人の問題ではない。日本が抱え続け、今も抱えている国としての本質的な問題である。

また、安倍晋三の卑屈な態度によって、トランプは、日米安保条約の反古をチラつかせるまで態度を尊大化させているが、実は日米安保条約の反古は、70年間日本国土居座り、物質的にも精神的にも日本国民を踏みにじってきた「進駐軍」が日本から去っていくことを意味している。

これは日本が本質的に「独立」を勝ち取ることに他ならない。「占領が終わる」、敗戦国として、これ以上慶賀すべきことはあるだろうか。

「どんなに蹂躙されてもご主人様から見放されたら心細くって生きていけない」と、足にすがりつくメンタリティは奴隷根性以外の何物でもない。

ほぼ片務契約と化している日米安保条約聖典として信奉する集団が「保守」と名乗っている用語の倒錯に多くの日本国民を気付かせてくれたのも安倍晋三の「功績」である。

日本の「独立」への意識を覚醒させた安倍晋三は、政治家として「立派に」歴史的使命を果たした。もはや一日たりとも政権の座にいる意味はない。