てるてる坊主

「先生、夫婦円満の秘訣ってなんですか」
「円満な夫婦関係を結べそうな人と結婚すればいいんです」
「ああ、先生の奥様のような女性ですね。そういう人と出会うにはどうしたらいいんですか」
「出会う方法はありません。単なる偶然です」
「つまり・・つづめて言うと、夫婦円満の秘訣は偶然だってことですか」
「ええ。さらに言えば夫婦円満とはある”状態”であって、永続するものではありません。結果的に長く続くこともあるし、一瞬で消えることもあります」
「その状態を永続させる方法ってあるんですか」
「ありません。たんなる偶発的に訪れる、人智を超えた自然現象のようなものですから。大雨や大雪のようなものです」
「そうはおっしゃっても、先生ご夫婦はいつも仲が良さそうじゃないですか」
「第三者から仲が良さそうに見える夫婦が本当に円満だとは限りません。内実が悪いからせめて外面を飾っている可能性もあります」
「不躾なことを伺うようですが、先生ご夫婦も内実は円満ではないという意味ですか」
「肯定も否定もしません。一般論としてそういうこともある、という意味です」
「先生のご夫婦の内実はさておき、重ねて問います。夫婦円満の秘訣とは?」
「君もしつこいね。あくまで僕からなんらかの汎用性のある答えを引き出そうという魂胆かい」
「すみません」
「さっき僕は”夫婦円満”は偶発的な状態であり、自然現象のようなものだといったよね」
「ええ」
「たとえば、君は絶対に明日の天候を『晴れ』になって欲しいと思ったときに何をするかね」
「てるてる坊主・・でしょうか」
「え?」
「じつは小学生、中学校の時に、何回か遠足の前の晩にてるてる坊主を作ったことがありまして、それが悉く効果があったんですよ」
「ほう」
「だからそれ以来、晴れてほしい日の前の晩には、てるてる坊主をつくらないと気持ち悪くて。もちろん、さすがに百戦百勝というわけではないですよ。ただ、つくるとなんだか安心するし、つくらないで雨が降ると、作らなかったせいのように思えるので、もう作らざるをえないんですよ」
夫婦円満ってやつも同じだよ。たぶん」
「どういうことですか」
「効くか効かないかわからないし、おそらくあまり因果関係もないんだが、それでも”夫婦円満”という”てるてる坊主”をつくるんだよ」
「効くか効かないかわからないにもかかわらず、ですか」
「そうだよ。迂遠な言い方になるが、てるてる坊主をつくるという手間をかけるモチベーションが、結果として”夫婦円満”という自然現象を呼び寄せる・・かもしれない」
「はあ」
「よく神社で”家内安全”と書いた絵馬を見るが、ああいうことを書く人はどういう人だと思うかね」
「家内安全にあこがれている人・・ですか」
「ちがうよ。すでに家内安全を達成している人だよ。すでに持っているからそれを維持しようとか深化しようとか、拡大しようと思えるんだ。夫婦円満も同じことで、それを望むのはすでに夫婦円満である人たちである場合が多い。逆に言えば、今、夫婦円満の状態にない人は、夫婦円満になりたいとも思っていないんだ」
「それは、すでに夫婦円満や家内安全の状態にあるので、自分が欲しいもののイメージが明確になっている、という意味ですか」
「それもあるが、もう少し本質的な理由だ。繰り返しになるが、今、夫婦円満とはいえない人は、実は夫婦円満でありたいとも思っていないんだ。口ではともかく、本音のところで『こんな女、あるいは男と円満になってたまるか』とどこかで思っている。だから、心の底から『夫婦円満という状態が欲しい』と思えたら、すでに夫婦円満は半分達成したようなものだ」
「残りの半分は何ですか」
「相手も同じように思うことだよ。決まってるじゃないか」
「では、どうしたら『自分は夫婦円満という状態が欲しい』と思えるんですか」
「円満な夫婦関係を結べそうな人と結婚すればいいんです」