米軍のシリア攻撃に想う

 アサド政権は、スンニ派イスラム国と対峙しているし、イランとも仲がいいからシーア派とも思われているが、実際は「アラウィ派」というクリスマスを祝い輪廻転生(イスラムは否定)を信じている、土着の山岳信仰のグループである。

  スンニ派が大多数を占めるシリアで、少数派である「アラウィ派」のアサド父子がなぜ独裁政権を維持・継承できているかというと、シリア独立前にこの国を統治していたフランスが植民地支配の常套手段として少数派(アラウィ派)優遇措置をテコに多数派(スンニ派)を牛耳る方策を採ったことにその起源がある。つまり今のシリアの混迷は、他の中東混迷と同じく西欧による植民地支配の歴史にその起源がある。

旧ソ連が共産圏の版図確保の必要上からアサド政権を支援し、その流れをロシアが受け継いでいるのに対抗して、アメリカは反政府を旗印にしている穏健派の「自由シリア軍」を支援している。ロシア(旧ソ連)とアメリカの代理戦争は、朝鮮からベトナムさらにアフガニスタンと場所を移し、今、シリアで展開しようとしている。

自由シリア軍は、今やアメリカの支援物資や資金目当ての軍としての実体が希薄な烏合の衆と化しており、その物資や資金は、ヌスラ戦線を通して、アメリカの仇敵であるはずの「イスラム国」に流れているという話がある。つまりアメリカは口では「イスラム国打倒」を叫びながら、その実せっせと金銭的・物質的に彼らをバックアップしている可能性がある。

イスラムのはずのイスラエルにおいても、イスラム国と共闘しているヌスラ戦線の負傷者を国内に迎えて治療しているという話があり、そもそも「イスラム国の黒幕(資金や軍需物資の提供元)はイスラエルだ」という説すらある。

そもそも 中東で紛争が絶えない理由は何か。シーア派スンニ派イスラム教とユダヤキリスト教の対立など宗教的要因も確かにあるが、おそらくそれは本質的な原因ではない。

戦争が起きるのは、起きることでトクをする連中がいるからである。「誰も戦争なんて望んでいないのに、なんで戦争が起きるんだろう」式のセンチメンタルな問題定義のスタイル、あるいは定型的な嘆き方が世にあるが、「誰も戦争を望んでいない」という前提がすでに間違っている。

「戦争を望んでいる」主体とはなにか。それがイスラエルアメリカ両国の軍産複合体である。これは軍事物資の大量生産と大量消費によって自国経済を回している巨大なしくみのことだ。この巨大な歯車を回すには、中東が常時、武器弾薬兵站の一大消費地であり続ける必要があり、つまりアメリカは「世界の警察官」という役割を公共事業として積極的に利用してきたのである。

しかし次第にアメリカは中東の戦争が手に余るようになっていった。あまりに混乱がひどくなりすぎて、誰を敵視するべきか、どこを支援したらいいのかわからなくなった。

イラク戦争での、おびただしい米軍兵士の犠牲、帰還兵の悲惨な実情、捕虜収容所における非道な行状等により、国際・国内世論の反発を招いたこと、シェール革命による原油が潤沢に産出できるようになり以前ほど中東の石油利権が魅力的でなくなったことも拍車をかけ、アメリカは中東関与にどんどん及び腰になっていった。

そもそも軍産複合体の維持発展を目的にして世界中に戦争をバラまいてきたアメリカを「世界の平和を守るため」応援しようと法整備しているバカな首相に率いられた間抜けな国があるが、それはさておき。

そんな状況をまるで理解しないまま大統領になったのがトランプ氏で、彼はアメリカ経済の興隆を鍵を握っているは、軍産複合体ではなく、国内の恵まれない勤勉な白人労働者たちの雇用だと思い込んでいる、根は人の好い、パワハラが得意な不動産屋のオヤジである。

トランプはある晩餐会でオバマにバカにされた怨念をレバレッジにして大統領にまで上り詰めたまではよかったが、結局は不動産屋だから政治権力を持ってもどう使ったいいのかまるで見当がつかず、国民から見限られ、官僚からは見放され、次々と繰り出す大統領令は軒並み袖にされ、政治任用ポストがまるで埋まらない窮状に目下苦しんでいる。

国内で窮地に追い込まれている政治家が現状打開のために国民の目を海外にそらすことは歴史上よくある話で、今回のシリア攻撃はまったくそのケースに当てはまっている。

要するにトランプは「苦し紛れ」という「個人的理由」で全世界を大混乱に導き得るリスクに踏み込んだのだ。トランプの目はもともと「内向き」だったはずなのに、突如外に向かって牙を剥いたのはそういう理由である。

表向きは「アサド政権の化学兵器使用への懲罰」だからもともと反アサド政権だったヨーロッパ諸国はトランプの軍事行動を支持している。しかし、本音の部分では、トランプのことをまっとうな政治判断ができる指導者だと考えている西側首脳は、日本を除いてほぼいない。

日本の安倍政権においても、旧称安倍晋三記念小学校の問題で青色吐息のところのアメリカによるシリア攻撃は、国民の目を外にそらす格好の素材として到来した。それにしても安倍政権の雲行きが怪しくなると、いつもどこかでミサイルが飛び交いだす現象はどう解釈したらいいのだろうか。この人はよほど幸運な星の下に生まれているらしい。

安倍晋三がトランプの狼藉をさっそく全面支持しているのは彼はそういう人間だからまだいいが、そのコメントで北朝鮮にまで言及するのはなんという不見識だろうか。つまり安倍氏は「シリアに続いて、北朝鮮にもミサイルを撃ち込んでくれ」と当たらずと雖も遠からずなことを要請しているのだ。彼にはその自覚があるのだろうか。

北朝鮮は下手にハードランディングさせるととんでもないことになる。ヨーロッパどころではない大量の難民が中国や韓国や日本という周辺諸国に拡散して収拾がつかなくなる。そんなことになったら、日本は麻痺状態になるだろう。(国家が崩壊する、とまで言う人もいる)

静かに、なだめ、すかしつつ、崩壊に導かなくてはならない。それができるのはアメリカではなく中国だけで、ただその一点においても、日米は中国と鋭く対立してはならないのだが、信じがたいことに安倍氏がそれを理解できている気配がない。

今の日本政府の外交方針は、どんな政権になろうともただひたすらにアメリカ様をお慕い申し上げるだけで、他には何一つない。ここまで徹底していることはある意味凄いが、この「凄さ」は国際関係の中ではそろそろ「愚かさ」に変換されつつある。

安倍晋三氏が個人的にバカを満天下に晒すのは勝手だが、彼が日本の首相であり続けるかぎり、その愚かさは日本人全体の愚かさとして世界では認識されることになる。

なお、米露の間に補修しようがない亀裂を生んだこの空爆を、北方領土欲しさにロシアに阿っている安倍政権が、なんの葛藤のあとも見せず、手放しで支持している理由がさっぱり理解できない。「あの人」の頭の中で、米国への軍事的追従と、ロシアへの経済的阿りの二つは、どう整合しているのだろうか。

この全面支持によって、これまで日本の経済界を焚きつけてきたロシア投資は軒並み反古になるだろうが、それについてどう落とし前をつけるのか。もっとも、そんなことなど微塵も考えていであろうところが、安倍氏安倍氏たるゆえんではあるが。

今のところイスラエルイスラム国のつながりはトンデモ説めいた扱いだが、これを仮説にすると説明がつくことがいろいろある。現在トランプにもっとも近い娘婿のクシュナー氏が今回の攻撃の背中を押したようだが(更迭がうわさされるバノン氏は自重派だった)、彼はユダヤ教徒イスラエルの意を汲んだ可能性がある。

イスラエルとイランは仇敵で、イランはアサド政権や北朝鮮と深い関係があるから、その文脈で行くと、次は北朝鮮へ何らかのアクションに出るのも自然な流れである。アメリカにとって正面切って対峙するにはイランやロシアは大きすぎ、さすがにそれはしないと思いが、トランプは不動産以外なんの専門知識も持たず、これから何をしでかすかわからない。ただし、親ユダヤのクシュナー氏がトランプを動かす位置にいる限り、「親イスラエル・反イラン・反アサド」の軸は当分ぶれないだろう。

今後の国際情勢は、先行き極めて不透明だが、一つだけ断言できるのは、日本は不用意にこの複雑さに関わらない方が良い、ということだ。何でもかんでも「アメリカ様」に追随するのは論外であり、妙な大義名分を振りかざしたり、事情通ぶった一見利口に見える対応も危険だ。この認識はほぼ日本人の多くが共有していると思う。