「1億総活躍社会」に安倍晋三の消耗を見る

 戦時中を彷彿させる全体主義者らしいネーミングではある。気色悪さ、気味の悪さ、きわまりない。

「人生の半分は無職です」というコピーがあるが、平均寿命が長くなった現代の日本において、平均的な人生における無職の期間は多くは半分以上で、おそらく現在無職の人は全人口の半数を超えるだろう。これが今の日本の「不易」的状況である。

そして、無職の人もいずれ有職になり、有職の人もいずれ無職になる。いまは気力体力が横溢しており、社会のダイナモになっている人でも、病み、傷つき、衰える時季は必ず来る。これは個々人における避けられない「流行」、つまりモノの移ろいだ。

同じ「人間の集まり」でも、会社と国家が決定的に違うのは、会社は有職者の集まり(当たり前だが)で、国家は無職者を包含していることだ。人間が「無職」でいる理由は、知力や体力が未熟だったり(子供)、それが衰えてしまっていたり(老人)、職業以外の役割に従事したり(主婦)等、理由は様々だ。

子供だったり、老人になってしまったりする時期的な理由の他に、働き盛りの時期でも、不意の事故や疾患で、たちまち無職や就業不能な状況に追い込まれることもある。今、肩で風切ってノリノリで働いている人も、いつ「社会的弱者」に追い込まれるか知れないし時間の問題でいずれ誰もがその立場になる。

「一億総活躍社会」とは、国家をゲゼルシャフト(企業などの機能集団)として観る視座だろうが、以上述べてきたように、国家の本質とはゲマインシャフト(血縁や地縁等による共同体)だ。つまり「国民全部が活躍する(生産に貢献する)」国などあり得ない。

少子高齢化が亢進するこれからの日本社会では、労働人口を少しでも増やさないと国がもたなくなるのは当然の前提だとしても、だからといって「全員が活躍」する国家などあり得ない。レトリックにしてもあり得なさすぎて成立していない。

あり得ないことを公然と叫ぶのは、常識的に考えて、狂気に駆られてか、詐欺的意図を持っているか、大馬鹿かのいずれかだが、自分にはもう一つの仮説がある。

もうこの人は、安保法制で腹いっぱいになっていて(あるいは肉体的、精神的に燃え尽きていて)、他のことはどうでもよくなっているのではないだろうか。それが「一億総〜」という時代がかった稚拙で粗雑な言い回しに顕れているのではなかろうか。

アベノミクスの旧「三本の矢」とは、①金融政策(ようするに為替操作)と②財政出動(ようするに公共事業)と③成長戦略だが、①はそれなりに目先の成果を挙げたもののこれから深刻な副作用が表面化する局面に入っているし、②はしょぼすぎてまるで効果がなく、③に至っては安保にかまけて何もしていないに等しい。

こんな状態で出て来た新「三本の矢」は、

A:希望を生み出す強い経済
B:夢を紡ぐ子育て支援
C:安心につながる社会保障

だそうだが、「希望」「夢」「安心」という揮発性言語のセンスのない遣い方以前の問題として、これ、なんというバランスの悪さだろう。どういう価値判断をしたらこの三つが同じレイヤー並ぶのか、さっぱりわからない。

まず、

Aは本来「アベノミクス」全体の「目標」であって、手段として並べ立てるのはヘンだし、

Bは旧三本の矢の③成長戦略の一戦術項目であって大項目として並べるべき筋合いではないし、

Cに至っては、これまでのむごいまでの社会保障費削減方針とどう整合をとるのかわからない。今まで言ってきたことはすべて脅しであり、嘘だったのだろうか。

・・でも、この「新三本の矢」を出した目的はわりあいはっきりしている。

これは、国民の低知能層に向けての、「安保法制をゴリ押ししたなんだか怖い安倍晋三」から「国民目線のやさしいアベちゃん」への転換を目指したイメージ広告であり、販促プロモーションなのだ。国民も舐められたものではあるが。

ただ、残念なことに、日本の国民には低知能層など実際にはほとんど存在しない。存在するとすれば、チープな愛国心を心の支えにしてネットで勇ましい好戦的なことばかりいうごく限られた人々だが、

こういう人々はもともと安倍晋三のすることならなんだってオッケーな「固定客層」だからプロモーションは不要だし、そもそも彼らは「なんだか怖い安倍」の方が好きなのだから、このプロモーションは逆効果になる可能性すらある。

つまり「新三本の矢」プロモーションは、誰にも支持されず、誰からも顧みられず、まったく存在価値がない電波の藻屑として消えていく運命にあると言える。

こういう投げやりで意味がないことをするのも、自分には安倍晋三の心身の消耗のひどさを物語る一つの事象のような気がする。

安倍晋三が「わたしは歴史的役割を果たした。これ以上職責にしがみつくのを潔しとしない」という捨て台詞を残して再び政権を放り投げる日も、意外と近いのかもしれない。だって、もう彼にはしたいこともできることもないんだから。