解かりあうということ

人間同士は、深く付き合えば付き合うほど、ぜったいに解かりあえない要素が明確になるというパラドックスがある。逆に言うと、お互いが「解かりあえる」と楽観できるのは、まだ付き合いが浅いからこそだ。

小泉八雲は、「自分にはぜったいに日本人を理解できないということが骨身にしみた今に至って、ようやく日本人論を書く資格を得たような気がする」という意味のことを述べているが、こういう言葉を吐けるようになるには、どれだけ深く日本人と付き合う必要があっただろう。