手垢

 三年前に義父が亡くなったときの葬儀の場で、当時4歳だった娘は「おじいちゃんはみんなの心の中で生きているんだよね」といった。斎場の係の方にはとてもいいことをいうと褒めていただいたが、あまりにませた言葉だったので、自分はこういう言葉を以前どこかで聞いたことがあるんだろうと単純に思って、さほど感心はしなかった。

しかし、今日、帰路の電車で吊り革につかまってぼんやりと揺れているときに、突然、あの言葉は娘がほんとうに思ったことだったことに気がついた。どういう脈絡でそう直覚したのか説明できないのだが、自分にはそれが疑いようがない事実に思えた。

世に「手垢がついた言葉」というフレーズがある。「心の中で生きている」もその範疇に入るかもしれないが、そもそも手垢がついているということは、手垢がつくほど世代を超えて、人々に愛でられ、尊重され、琴線に触れてきた言葉だという歴史の証明に他ならないではないか。とすれば、その言葉から付着した手垢をぬぐってみれば、きっと往時の輝きを取り戻すに違いない。

具体的にどういう行為が「手垢をぬぐう」事に当たるのかは定かではないが、もしかすると三年前に娘がこの言葉を発したときが、まさにこの言葉が地金の光沢を顕した刹那だったのかもしれない。そんなことを考えた。