機知

「機知に富んだ冗談と、卑怯なはぐらかしは紙一重、いや、ほとんど同じものです。人間は何か言われたときに、機転もきかせず、はぐらかしもせず、絶句して黙り込むことによって目の前の相手への誠実さを表現することも、ときには大切なことなのです。

わたしは機知というものの価値を、以前よりだいぶん低く見るようになりました。つねに機知に富んだ言葉を発するマインドセットを怠らない人とは、ともすれば他者と真正面から向き合うことから逃げている人でもあるからです。

機知に富んだ諧謔や冗談というものは、人と人とを近づける働きよりも、距離を作るバリアとしての働きの方が実は大きいものなのです。つねに周りの人を笑わせようと身構えている人は、我が身を笑いで武装しているようなものです。

そういう人にとって、何か言われて何も返さないで黙りこくったり、出来の悪い冗談をいうことは、バリアが崩壊することで、それは怖いことなのです。

人間と人間は、冗談を言い合っている限り、生身の交わりから逃げることができます。つまり人間と人間は、冗談を言い合わなくなってから真の交流が始まるのです。機知なんて、人間関係における食前酒のようなもので、決してメインディッシュにはなりえないんですよ」