★最終講義(内田樹) 【抜き書き】

自分の声が聞き取れないような騒音の中で創造的なアイデアが口を付いて出るということはありません。声が気持ちよく響くという音響環境は学校教育にとっては大切な条件なのです。

音楽とは「もうきこえない音」がまだ聞こえていて、「まだ聞こえない音」がもう聞こえているという経験のことです。過去と未来に自分の感覚射程を広げていくことなしには音楽は存立し得ない。ある単独の時間における単独の楽音というものは存在しないからです。メロディもリズムも、もう聞こえなくなった過去の空気の振動が現在も響き続け、まだ聞こえていないはずの未来の空気振動が先駆的に先取りされている。そういう「過去と未来」の両方に手を伸ばしていける人間だけが聞き取ることができるものです。・・私たちはいつだって、実はもう「存在し無いもの」と関わっているわけです。人間がすでに言い終わった言葉を聞き、人がまだしゃべっていない言葉を聴く(予想する)ののが話を聞くということなんです。

貨幣の存在根拠は、「それがすでに貨幣として通用している」という事実以外にはありません。そして貨幣が通用するのは、「それが未来永劫に貨幣として通用し続ける」という幻想をみんな信じているからです。・・経済学だって実は幻想と物語を資料にして学問をしている点では文学研究と選ぶところがない。・・経済学も文学も結局は人間の紡ぎ出す幻想という「存在しないもの」を研究対象にしているという点では一緒なんですよ。

どの分野でも、最先端で仕事をしている人というのは・・自説に合致する話、自説を補強する事例にはあまり興味がなくて、「上手く説明できないこと」に興味がある。目の前に登場してきた「わけのわからない」現象を貫く法則性を発見しようとするときに、彼らは本当にうれしそうな顔をする。手持ちの法則があれにもあれにもなんでも妥当するという話ではなくて、あたらしい法則が発見できそうだというときに夢中になる。

判断力や理解力を最大化する方法は一つしかないんです。それは「上機嫌でいる」ということです。にこやかに微笑んでいる状態が、目の前にある現実をオープンマインドでありのままに受け入れる開放的な状態、それが一番頭の回転がよくなるときなんです。・・悲しんだり、怒ったり、恨んだり、焦ったり、というような精神状態では知的なパフォーマンスは向上しない。・・ネガティブな感情にとらえられている限り、自分の限界を超えて頭が回転するということは起こりません。

知的パフォーマンスを向上させようと思ったら、自分以外の「何か」を背負った方が効率的です。自分の成功をともに喜び、自分の失敗でともに苦しむ人数が多ければ多いほど、ひとは努力する。背負うものが多ければ、自分の能力を突破することだって可能になる。

「西洋日進の書を読むことは日本国中の人にできないことだ。自分たちの仲間に限ってこんことができる。貧乏をしても難渋をしても、粗衣粗食、一見見る影もない貧書生でありながら、知力思想の活発旺盛なること王侯貴人も眼下に見下ろすという気位で、ただむつかしければ面白い。苦中有楽、苦即楽という境遇であったと思われる。」(福翁自伝

最終的に彼らが採用したのは、営利栄達でも、知的優越でもなく、自分の脳が高速度で回転しているという事実そのものだったんです。そのアカデミック・ハイだけは間違いなく、今ここで確かに実感できる。最後に残るのは、この快感だけである。・・・自分の知性が最高速で運転しているときの、、全身を貫く震えるような快感、これだけは、手元が不如意であろうとも、先行き職がなかろうとも、壮絶な勉強をしたものだけが今ここで経験できる。

ほんものの学者というのは、「いいから俺の話を聴いてくれ」という人なんです。自分が哲学的な荒野をこれまで駆けめぐってきて、それなりに必死に道を切り開いてきた。それは後続する君たちのためにやってきたことなんだ。だから俺の話を聴いて、それを理解して、俺の仕事を引き継げと、こっちにバシバシと「パス」を蹴り込んでくるわけです。

北方領土のように)よく知らないトピックである上に、うっかりしたことを言うと、めちゃくちゃに攻撃されるのでは、オープンな議論になるはずがない。

アメリカがが北方領土問題に口を突っ込んできたら、ロシアは絶対に「じゃあそっちは沖縄を返せ」と切り返してくる。・・日本国民も北方四島が帰ってきて、おまけに沖縄の米軍基地もなくなるのだから、もう大喜びです。だからアメリカとしては絶対に北方領土問題が解決されては困るんです。北方領土問題の解決から不利益を被る国は世界でアメリカだけです。・・それあこの問題が解決しないことから利益を得ているのは誰か、そういう風に問いを立てていけば誰にだってわかるはずなんです。

親米的な総理大臣は長期政権を保ち、少しでも対米独立的な傾向が見えると、たちまち官僚とメディアが総出で引きずりおろす。それがあまりに自然に行われるので、日本の政治プロセスにそこまでアメリカが深