鋳型

「人間はなんで死ぬのか」と娘にきかれ、「人間が順番に死なないで、地球上にどんどん溜まっていってしまうと、食べ物がなくなるし住むところもなくなるからだ」と答える。

しかしこの回答は、娘の問いに正面から答えたものではない。なぜなら彼女の問いは「大切な人が、なぜ目の前から突然いなくなってしまうのか」という、ほとんど嘆きにも似たひとつの詰問なのだから。そして自分はそれに対する答えを持たない。

もしかすると、人生の実相とは、何の脈絡も因果もない理不尽な災厄の連鎖であり、死はその象徴なのかもしれない。しかし、人間のかよわい心はその理不尽に耐えられず、なんらかの哲理や物語という鋳型を持ち出し、現実に整形をほどこした上でなければ、それを受け入れることができない。

もしかすると娘は、その哲理や物語を語れと自分に要求しているのかもしれない。しかし娘よ、それは無理と言うものだ。それらを確信を持って語れるほど、おまえの父は、愚かでも賢明でもないからだ。