カラオケ

昨晩、ほぼ一年ぶりにカラオケボックスにいった。薄壁一つ隔てた隣の部屋では、同じ人が延々と歌っていた。おそらくこれが世に聞く「ひとりカラオケ」というやつで、聞けば同行した二名ともその経験があるという。自分にはちょっと想像が及ばない世界だが、例えていえば、ひとりでバッティングセンターに行くようなものなのだろうか。それだったらわかる。

「歌をうまく歌うには、うまく歌おうと思わないことだ」という言葉がある。誰の言葉か知らないが、これは至言だ。中途半端にうまい人、あるいは自分をうまいと思っている人ほど、妙な節をつけたり、むりやりビブラートを着けたりして、かえって残念な感じになってしまうものだ。

しょせん素人だし、どうせ下手なんだから、小細工抜きでただひたすらに自分の内側からわき出るままを丁寧になぞればいいのだ。

これは字を書くときとも共通する。日頃キーボード入力ばかりで文字を書き慣れてもいないし、もともと正式に仕込まれたこともないのだから、拙い字しか書けないのは当たり前だ。それなのに、見栄をはって達筆ぶったりするからいけない。とたん軽佻浮薄な品下がった姿になる。

自分の体の中にある、文字の最も美しいと思われるかたちを、足し引きせず正確にアウトプットすることに集中すればいいし、本来それしかできないはずなのだ。

しかし、考えてみれば上手く見せようとして上手く見せられることの方が、よほど珍しいのだ。実体以上に見せようとして背伸びをしても、いずれはメッキが剥がれ地金が現れるならば、最初から地金を見せておいた方が、落差も無いし、気持ちも楽なように思うが、どうだろう。