思秋期

はるか昔に過ぎ去った自分のモテ期を懐旧の情にひたりながら振り返り、「ひとりで紅茶飲みながら」、かつて自分がソデにした男たちに「絵葉書なんか書いている」という、見ようによってはかなりいい気な歌だが、名曲なことには変わりない。

この歌が名曲であるゆえんは、やはり岩崎宏美の圧倒的な歌唱力に追う部分が大きい。この人は、少女のような透きとおったきゃしゃな声と、大人の女性のふくよかな奥ゆきのある声の二つを基軸にした多様な声を持ち、それをメロディによって自在に使い分けて歌う。

様々な声の引出しを持ち、それを適確に選択する感性の素晴らしさは、すぐれた画家が様々な線や色を、すぐれた詩人が様々な言葉を、その表現のステージで適切に使い分けるさまに似ている。

同じような引出しと感性を持つ歌手は、自分が知る限り美空ひばりしかいない。つまり岩崎宏美は、日本の歌手では美空ひばりに比肩しうる唯一の歌手であるとさえいえる(と思う)。

この人が「ロマンス」という曲で一躍世に出てきたときの自分の印象では、当時、彼女は位置づけとしてはアイドル歌手ではあったが、ルックス的にそれを看板にするには少し苦しかった。しかしこの人は、そのハンディを補ってあまりある圧倒的な歌の表現力があった。そういうところも、この人は美空ひばりに似ているような気がする。

なお、この曲は山口百恵の「秋桜(コスモス)」という曲ととてもよく似ている印象が自分にはある。発売時期を調べたら、ともに1977年の秋だった。これは、すぐれた作品というものは少なからず時代の空気というものを鋭敏に反映させているものであるから、おのずと似通ったものになった、ということなのだろうと思う。