木綿のハンカチーフ


 この歌は自分より一世代上のヒット曲で、自分が知った時にはすでに名曲としての地歩を固めていた。

地方から就職で上京するが、華やかな空気に有頂天になり、色気づき、身なりはあか抜けてはいくが人間としては堕落していく愚かな男と、その浮薄な変貌にアラームを鳴らし続けるも虚しく、泣く泣く別れを決心する賢い女との物語が、手紙での対話によって進行していく筋立てが途方もなく秀逸だ。

しかし、冒頭から「都会の絵の具に染まらないで帰って」といった女は男の上京の時点からこの結末を予期していたであろうし、さらにいえば「僕はもう帰れない」といわれて、ああそうですか、とばかりにあっさり身を引く不自然さから思うに、ひょっとすると女は、はるか以前からこの男を見限っていたのではなかろうか。

そう考えれば、女にとって、男の都会での堕落にすべての責めを負わせた別れは筋書き通りだったとも言え、なおいっそう、男の愚かさと、女の賢さのコントラストが際立つしかけになっているともいえよう。

なお、「木綿のハンカチーフ」というタイトルの意味は歌の最後になってわかるしくみになっているが、「涙ふく木綿のハンカチーフをください」と言われた男がその言葉通りにハンカチを送ったとも思えない。男もその段になればさすがに、すべてのなりゆきは女の手のひらの上で演出されていたことを気づいたに違いないだろうから。

それにしても太田裕美は、その超絶的な声の良さと歌唱力で、当時としてはアイドルというより立派にアーティストとして遇されていたような気がする。この人に比肩しうる実力を持つ同世代の歌手としては、わずかにキャンディーズ伊藤蘭が挙げられるのみだ(と思う)。

まことに蛇足ながら、自分が太田裕美の数々の名曲の中で一番好きなのは下掲した「赤いハイヒール」である。でも世間的にはやはり「木綿のハンカチーフ」なんだろうなあ。さらにどうでもいいことだが、自分の父親は太田裕美の結婚式に出た経験を持つ。どうやら彼女の父親とどこかで接点があったらしいが、こまかい話は忘れてしまった。