ディエゴ・べラスケス「鏡の中のヴィーナス」

 現在活躍しているある画家が、「画家は絶対にうぬぼれることができない職業だ。なぜなら、自分よりとんでもなくうまい人が、過去にいくらでもいるからだ」と述べているのを読んだことがある。

この絵の作者であるベラスケスは、文句なしに、人類史上の「とんでもなく絵がうまい人」の最高ランクに位置する人物である。ベラスケスが絵画史上に君臨しているかぎり、後の時代の画家は、誰一人として自分の技量をうぬぼれることはできない仕組みになっている。

ベラスケス以前の宮廷画家は、現代でいう肖像写真家の役割を出なかったが、彼はその職業的領分を守りながらも、近代絵画に繋がる、構図とタッチと陰影の新機軸を創造した。

ただし、それは結果的にそうなったのであって、彼自身は、「開拓者」としての野心の燃えていたわけでも、「先駆者」としての使命感に駆られていたわけでも無いと思う。ベラスケスは、ほぼ同時代のレンブラントのような毀誉褒貶の激しさもなく、生涯を一宮廷画家として平穏に過ごした。

本当に優れている人は、優れていることが日常であり、当たり前なので、それについて無自覚なのが普通なのである。

彼は、日々の依頼に粛々と応えているうちに、いつの間にか、過去および同時代の画家たちから、はるか離れた場所まで行きついてしまったのであろうか。そんなことがあり得るのだろうか、そんな人がいたのだろうか、と思うが、そんなことがあって、そんな人がいたことは、彼の残した名作の数々が証明している。