維持すべき二重構造

 安倍晋三を、バカとかボケとかいうのは簡単だが、その「バカ」がなぜ合計10年間(第一次で1年、第二次でこれまで六年、第三次でこれから三年)も、日本の最高権力を握るなりゆきになったのかの分析は、まだまともにはなされていないようだ。

何年後か、何十年後か知らないが、その詳細な分析は、彼が政治の表舞台からすっかり去ってからの、誰かの仕事になるのだろうが、とどのつまりは、「バカ」が最高権力を握れる日本の政治のしくみ(選挙制度世襲に寛容なす組織風土)の欠陥か、安倍晋三は言われるほどバカではないかのどちらかだろう。

さらにいうと、安倍晋三がバカかリコウかとはほぼ関係がない理由もある。ミクロ的には「自民党下野と民主党失政」というタイミングの良さ、マクロ的には「左翼亡き後の世界を吹き荒れるポピュリズムナショナリズムの風圧」という時代の趨勢である。

ただこれは、安倍晋三再登場の背景であって「十年間もった」理由ではない。

この政権が長期政権になった理由は、「政権運営のツボ」をがっちり押さえ続けているところにある。

政権運営のツボ」とは何か、それはホーム(身内・味方)への利益誘導による支持基盤の強化と、アウェイである官界の人心掌握であり、その要諦は双方ともに、「人事権の掌握」にある。

会社だろうが、自治会だろうが、PTAだろうが、どんな組織でも権力の源泉は「人事権」にあるのは万古不易の真実で、そういう意味では安倍政権の手管は陳腐であるが、それだけにシンプルで強靭である。

古来日本では「権力と権威の二重構造」があり絶大な権勢を抑制する装置になっていた。それは天皇家藤原氏の関係だったり、朝廷と幕府の関係だったりしたのだが、安倍政権はこの「二重構造」の仕組みも壊そうとしている。悠仁様という「首の皮一枚」でつながっている皇統の放置という不作為によって。

皇室継続の問題は、野党に共産党や左翼勢力が混じっているせいもあり、政治問題として強く表面化してこないが、安倍氏憲法改正を主張するビデオレターを流したり、避難所の体育館で「被災者」の方にひざ詰めで話すパフォーマンスを見ると、彼の自己肥大は、天皇の領域を浸潤しているように見える。

歴史上、僧道鏡や、足利義満のように皇位簒奪を企図あるいは意図した人物はいたが、不作為によって皇統そのものを根絶やしに導いている権力者は空前であり、それが「成功」すれば文字通り絶後となる。

保守政治家を標榜する彼は皇室を崇敬するポーズを崩してはいないし、皇嗣継承の男系男子保持を主張する強硬派への「配慮」ゆえの不作為というエクスキューズを得て、安倍政権はじわじわと皇室の息の根を止めている。

自分は今の日本国民が天皇をどう思っているのかを知らない。もしかすると、「天皇はすでに歴史的役割は終わった」あるいは「人間特別天然記念物を税金で飼っておくゆとりはない」と、皇室を廃絶しても、まるで痛痒を感じない人が大多数なのかもしれない。

先の枝野幸男氏による「魂の国会演説」でも、皇室継続に関する論点は出てこなかった。もはや皇室への国民の関心は、その程度まで落ちているのかもしれない。それとも「保守本流」であるはずの枝野氏は天皇問題は重要だと認識しつつも、共産党に配慮したのだろうか。

自分は、日本の政治的文化的伝統である「権力と権威の二重構造」は維持すべきだと思うし、そのためには皇室の存続が必要で、さらに手段としては、現実問題として、女系天皇の容認以外あり得ないと考えている。人並みの論理能力があれば、安倍氏も、おそらくそのことに気づいている。

気づいていながら手を打たないのは、皇太子殿下と、悠仁様がいる以上、自分の任期中に皇統が途絶える事態には、まず直面しないだろうという見立てと、天皇の権威を軽んじることによって、相対的に自分の権力を高めようという意図があるのだろう。

日本において政治権力の専横を防ぐ仕組みは、「日本国憲法」と「皇室・天皇」の二つの存在がある。安倍政権はこれら二つ共ゆるがせている。

いま、前者「日本国憲法」への関心は高まりつつあるが、後者「皇室・天皇」への関心は低いままだ。本来それは「右翼」勢力のなすべき仕事だが、現在の日本において、右翼勢力はほぼ存在しないと言っていい。時折見かける大音響の街宣車は、今や右翼の仮面をかぶった暴走族の亜種といっていい存在である。今の右翼には思想はなく、たんなる迷惑団体と化している。大きなお世話だが、人材が払底しているのだろう。

皇室は「なくなって初めてその重要さに気づく」というありふれた一言で片づけるには、大きく、深すぎる存在である。皇室、天皇はたんなる二重構造の構成要素としてあるだけではなく、あらゆる日本文化や日本人の自然観、宗教観の源流であり、日本人が共有すべき文明基盤でもある。その喪失の代償は果てしなく大きい。

この危機感を共有している人は今どのくらいいるのだろうか。